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退行
世の中、iphone6などスマホの新機種合戦で盛り上がっているようだが・・・特に、中国。
なぜに、日本まできて、大量に仕入れ、50万ぐらいで自国で販売?
流石、金儲け主義・・・でも、これが、各国との軋轢となっているんだろうが・・・・・

そんな長蛇の列ができるニュースを見るたびに、踊らせられている・・って感じてしまう。
未だにガラケーを使用している私。ガラケーの意味を柄の付いた携帯と思っていたぐらい・・・w

IT関連ってどんどん進化してるんだろうが、それに伴い、どんどん新たな情報が身の回りに入ってくる。
その情報に振り回されだんだん精神が疲弊してくる感じってしないかな?
あくまでも、情報が多いのはいいことだが、それだけ選択の回数も増えるわけで。

最近、古典などを読んでいる。(もちろん、現代文だけど)

平安・鎌倉ぐらいに生きていた人々って、どんな生活をしていたのだろうと・・・
ほとんど、マスメディアなんて手紙?ちょっと気取って和歌?でも、これって貴族らの生活だろうけど。
闇の暗さも、現代とは比べものにならないぐらい、漆黒の闇だったんだろう。
そこにいる、魑魅魍魎に恐れおののき、僅かな月の光を愛で、陰陽師がいたようなそんな時代。
平安時代は、そうとう寒かったとか。だから、十二単を着ていられたようなことを読んだことがあるが。
香を炊き、和歌を詠み、自然や人間の微細なところまで観察し・・・・自然と一緒に生き、そして死んでいく。
世界でどんな事がおこっているのかも、知らず、多分、自分の周りのことだけに関心をしめして生きていただろう。
それだけ、生きることが凝縮していたように思うのだが。

現代は、情報が蔓延しすぎて、且つ地球規模の情報がゲットできる。自分の周りがどんどんぼやけてくるような
錯覚がある。生きている実感というか、それが希薄に感じるのは私だけかな。
バーチャルと現実とが交錯する時代。

ふと、古典に接すると安心するのはなぜ?


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未分類 | 09:23:35 | Trackback(0) | Comments(0)
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