コンバージョン2

**私が会社を辞めた訳 2***
 入社して一ヶ月。会社の研修を受け,今それぞれに社会人一年生として,それぞれの部署に旅だっていくのである。その準備として,先日各自に希望勤務地や配属先を打診する面接がおこなわれたのである。 人事  「M君はどちらの配属がいいかなぁ~」 私   「そうですね,やはり関東近県でしょうか。」 人事  「どうして?」 私   「友人が多いから。」 と,こわいもの知らず,世間知らずの私は,こんな返答をしておったのだが・・・さあ,何処に配属がきまったかな~。 人事  「K君,札幌,H君,東京・・・・・・・      ・・・・M君 和歌山.....」 私(心の中) 「今,なんとおっしゃいました? 確か わ・か・や・ま」 ************************* そう,ここから私の地獄の日々が始まっていくのである。配属は,男子社員5名の支社。支社長は,43の単身赴任組の元水泳部でならした運動部・・。酒は下戸。次長 神経質そう。酒は下戸。係長 神経質,通院中。主任 おおらか,酒は上戸。私。の5人。 で,住まいは,係長を除く4人が,同じ寮に4人四六時中一緒という,私にとっては,私生活のない,監視付きの地獄の監獄。自由奔放に生きてきた私にとって,ほんとうにそんな感じにしか受け取れなかった。また、いままでの生活圏が,関東地方に偏っていたため,関西文化圏には大学の時の友人のみ。和歌山には,一人。 そんな、心細い環境下での旅立ちとなったのである。 私のその時の仕事観は,就業中は生真面目に一生懸命頑張ろう,そのかわり,5:00からは誰にも束縛されずに,自分自身のプライバシーに使おう。これは,絶対壊したくない自分のポリシー。現在でも,持ち続けている考え。よく,就業中適当に仕事をしているように見える人をその後何人も見たが,自分とは,相入れない何かを感じる。いわゆる,会社を自宅化している人々。会社が居心地がいい人々。会社がすべてと感じる人々。酒の席でも,上司の悪口,話題は,ゴルフ,麻雀,釣りを話題の三種の神器すえ、女の下卑た話をするサラリーマン。こんな光景を学生の時,良く見ていて俺は,絶対こういうサラリーマンには,なりたくない。こう,心に決めていた。 それを絵に書いたような人々がここにいる・・・・                            次回へ

**私が会社を辞めた訳 3***
 朝,8:10に支社長のワゴンに皆便乗して,10分後和歌山支社へ到着。大体,夕方6:00支社長のワゴンに皆,便乗。社宅に帰る日々。食事後,支社長宅で,麻雀。こんな日々.....。一度,一人で飲みにいきたくて,帰宅を断ったら,「つめてえなぁ。」の一言を残し,バタン。ブ-。こんな日々の毎日で自分のストレスも高まってくる。 さて,社内では,新入社員ってことで,外務員・集金員の方々には良くしてもらったが,女子事務員の私への態度は冷たいものがあった。そう,東京弁をしゃべる気障な男とでも,見られたのかフン!って感じがひしひし伝わってくる。自分の対応もまずいことはまずかったのだが・・・ 私は,自分に未知のものがあると非常に不安をかんじる。だから,仕事を早く覚えようと,必死になって彼女達の仕事を聞き回っていった。それも,冗談を交えてではなく,自分勝手なエゴをさらけ出す?(彼女達を仕事マシンと見ていること)聞き方で。今考えると,なんてイヤなヤツだろう・・と自分でも思うだが、頼れるのは自分しかいない・・状況に置かれた当時の私は,必死だったのである。何しろ,早く仕事を覚え,一人前になることだ。これしか頭になかった。そのかわり,プライベートでも,彼女たちを誘い,いろいろ食事したりとサービスに努めたつもりなのだが,それが逆効果になってしまった。ある女性から,「あまり,誘わない方がいいみたいですよ。よく,思ってない人もいますし。」といわれた。そうだろう。自分としては全員誘うつもりではいるが,最初に誘うのは,やはり自分と馬が合うヤツからっだったから。そんなこんなで、だんだん女性たちも,私と距離を取るようになってしまい,終いには口を聞いてくれないほど,嫌われてしまったのである。 仕事上の人間関係も思うように行かなくなり悩んでいた矢先,夏期休暇をとって帰ってきたとき,今度,次長から「オマエが休んでいたとき,教習所から,いろいろ問い合わせがあり、大変だったんだぞ!!」っていわれてしまった。未だに良く話が分からないのだが,教習所で仮免許の試験を受けることに,なっていたのに,来なかった・・云々と言うことらしい。次長が色々取りなしてくれ,事が収まったのだが,次長はこの時以来,私に対する信頼を無くしたようである。仕事が私の頭上を飛び越えて,女性,先輩のほうへ行ってしまうのである。 これで,私は,支社長・次長・女性事務員とよりが合わなくなってしまったことになる。幸い,係長,主任は色々面倒見てくれてはいるのだが・・・                                次回へ

**私が会社を辞めた訳 4***
 人間,一番辛いことは,人から無視されることである。最近,学校でのいじめが問題になっているが,こういうことを聞くたびにこの和歌山のことを思い出す。完全に次長からは無視され、すべて自分への命令等は,主任を通して間接的に行われることになっていった。女性達との確執はより強くなり,自分自身もだんだん自分の殻に閉じこもり,さすがの脳天気な私も,気が滅入るようになってしまった。昼休みは,ただ一人ぼ~っと過ごす日が多くなり,精神的にも鬱状態だったのだろう。会社を辞めることしか,頭にない日々を6ヶ月くらい続けていたであろうか・・・・ そんな折り,こんなことでは,自分がダメになる・・・・と思い大学の友人の紹介でOB(といっても,面識もない市役所の方であったが)に会わせてもらうことにした。対人関係には多大な自信を持っていた私だが,こちらの出来事で,傷つき,いままでの自信ははかなく崩れ去ってしまっていた。 歓迎会という名目で,和歌山市役所大学OBの方々,20~30人ほど,わざわざ見ず知らずの私のために,集まってくれた。そこで,色々元気づけてくれたり,ばか話をするに従って,自分は一人では無い事に,気づいた。そうなのだ。自分自身,一人ですべて考えようとしていたことに気づくのである。それを契機に,持ち前の明るさを取りもどし,「そうだ。自分の気持ちを正直に伝えてみよう。」と思い立ち,まずは,内勤女性をターゲットに行動したのである。 彼女ら全員をスナックに誘い出し,自分の考えをすべて彼女達に,話してみたのだ。自分の仕事に対する姿勢やら,自分自身の何処が気にくわないのか・・・ザックバランに話してくれないか・・・と。そう,私は背水の陣で彼女たちに臨んだのである。そうしたら,一番嫌われていた女性が,「Mさん,そんな事はいいから,しっかり飲んで楽しみましょう。」と言ってくれた。その時の私は,拍子抜けする同時に何かが分かったような気がした。多分,私は彼女たちに心を許していなかったのだろう。男性として・・・今,ゆっくり当時のことを思い起こしてみると,私の女性の取り扱いは前にもかいたが,人間としては見るけど,女性として見ていなかった。ゲイの特有の女性観である。でも,彼女達は,まだ若い女性達で,男性を意識して男性から女性として見られていたいのである。だから,「今日,きれいだね。」「胸が大きい。」など,ちょっとセクハラ的かもしれないが,そんな冗句などを交えながら,仕事をこなしていく方がスムーズに仕事が出来たように思う。リップサービスが足りなかったようである。 その翌日から,彼女たちの態度が豹変していったのである。女性という人間は,不可解なものであることを知る。 そんな状況の変化から,女性達との確執も徐々にきえていったのである。それから,仕事もスムーズに動くようになり,さあ,これから頑張ろう!と思ったやさき,支社長と次長が時を違えてだが,東京に転勤してしまうのである。次に来た支社長,次長とは,お互い酒飲み同士ということもあったせか,初めから意気投合して,順風満帆の支社勤務が始まろうとしていたのだが・・・                                次回へ

**私が会社を辞めた訳 5***
 ああ,人生って色々なことがおこるものである。折角,内勤女性とも,上司ともうまく人間関係が運んでいこうとしていた矢先,仕事もこれからバリバリしようと思っていた矢先なのに・・・皮肉にも今度は,私が本社に転勤になってしまったのである。 支社長「オマエこんど本社のシステム部に配属だぞ!」私  「システムって何するところですか?」支社長「しらん。」 そんなこんなで,送別会を開いてくれた。いざ,私が東京に旅立つときは,あれだけ嫌われていた彼女たちが,全員揃って阪和線のホームに見送りに来てくれていた。涙を流してくれた人も・・・これには流石の自分もジーンと胸を熱くした記憶が今でもよみがえってくる。あれだけ,悩んで落ち込んだ支社勤務だったのに,最後,背水の陣で,ほんとうに心から出た私の悲痛の叫びを,彼女たちも分かってくれたのである。人間,本当に,心を割ってぶつかれば,何か開けてくることがあることを,身を持って体験した。新卒で,文化圏も違うところで,一人で私生活も束縛されて過ごした1年間。そこから,這い出し自分を取り戻した1年間。色々なことが,思い出されて車内で,一人「辛いことから,逃げなくて良かった・・・・。偉いぞおまえ。」って一人自分を褒めて,目頭を熱くした事がいまでも,強烈な印象でよみがえってくる。下手に,ちやほやされるより,本当に辛かったけど,それが後になって多大な自信に繋がっていることに後に気づくのである。 そんな,強烈な支社勤務から,システム部へ配属されていった。 配属されたシステム部は,本社規定によると,なんと電算処理を行う部署らしい。何で,俺が・・・コンピュータのコの字もしらんのに~まして,理科系でない俺なのに~だから,会社というところは分からない。さて,これからなにをしていくのであろう。不安と期待が半々で会社に向かう足取りは,支社よりは軽かった。                               次回へ

**私が会社を辞めた訳 6***
 早速,電算処理に関しての講習が一ヶ月の予定で行われる事になった。新卒の新人6名に混ざって,他6名程度の講習会である。新人6名は,それぞれ少しはコンピュータの知識をもち得ているか,理系の輩達であった。彼らは,講師の説明やらちょっとした問題に対しても,難なくこなしていく。自分は・・・・なんもわからん。 結局,自分を含め他6名は,「こんなのできるかよ。」ってな具合で,講習も適当にお遊び状態で受けていた。しかし,自分を含め,みな出来ない事への焦りも感じていたことは,確かである。自分も口では適当にチャランポランを装い,寮で四苦八苦してた覚えがある。でも,分からなかったのである。 ど素人の私は,彼ら(電算処理に精通しておる輩達)が,横文字で,デバッグやら,コンパイルやらファイルやら,プログラムやら等専門用語で会話している様をみて,「こいつら,スッゲー気取ってる奴らだ!」ってホントに,むかついたものである。日本語で話せ!研修を終えて,部署に配属になったときには,自分もこんな会話をするようにはなってはいたが・・・彼らは,気取っていたのではなくこの用語で話す方が楽なのである。(やはり,原産地の言語が優先されるのか・・) そんなこんなで,研修も無事?終了して,それぞれのチームに配属されることになった。私は,財務,経理チーム。ここで,また疑問が生ずる。自分,自慢じゃないが,財務諸表やら,簿記等何も勉強などしてきていないのだけど・・・会社というのは,自分のしていないことを無理矢理やらせるところなのであろうか・・・私の担当は,財務の住宅ローンの貸付システムであった。電算処理の研修を終え,これからまた,財務の実務の勉強をしなければいけない。ここで,また,数学の諸式が出てくる。う~んワカラン。分からない事だらけで,始まったシステム部。今度は,支社の人間関係で成り立つ仕事から,もろ,知識が優先される部署へと180度の展開がなされたのである。これから,どうしようか・・・・・ 「このときの自分の心理」  当時,会社ではバローズと,IBMの汎用機を導入していたのであるが,当時の私は,マシンという言葉じたいアレルギーを起こす機械音痴。であるから,自分の拙いプログラムをコンピュータにかける事自体,すごい恐怖心がいつもつきまとっていた。壊れてしまうのではないかという恐怖心。先輩から,「1度プログラム永久ループでシステム全体がダウンした経験がある・・・」そんな,体験談を聞いてもいたので,なにかデバッグのときも神経をすり減らしていたのである。自分って,他人に迷惑がかかる事に対して,人一倍気を使うし,神経質にもなってしまうのである。だから,汎用機をそれぞれ各々がデバッグに使用している環境では他人にひどく気を使ってしまうのである。そんな,臆病ではいいプログラムやら,システムは出来ないことは分かっていたが,でも,恐怖心が先に立ってしまう。システムがでかいだけに,ダウンしたときの修復も並大抵では無いことも起因してはいるが。外見では,そんな風に見えない私ではあるが,心の中ではいろいろ杞憂のため,いらぬ神経をすり減らしていったのである。                          次回へ

**私が会社を辞めた訳 7***
 人の何気ない一言が,その本人を非常に傷つけることがある。これは,私の直属の上司がはいた言葉であったが,「Mは,プログラマーにはむいてないなぁ」の一言。そう,私は理路整然と論理を組立てていく考え方が,大の苦手なのである。むしろ,感情の赴くまま適当に感性と動物的感で何かをやっていくほ方が向いているようにも自分自身思うときもある。だが,いいわけがましいが,今感じているのだが,決して適正を欠いていたわけでも無いと思う。ただ,マシンへの恐怖感のため,もし失敗して多大な不利益を会社に当てたら・・・等の(現在考えるとバカらしいが)考え方が根底に在って思うように自分を発揮出来なかったようである。 ここでちょっと話が逸れるが,私の母親は「他人に迷惑を掛けてはいけない」的な教育をしてきた。多分極当然の教育である。が,本当にそうなのだろうか。私は親の教育方針やら生き方に不満は感じてはいない。むしろ感謝の気持ちで一杯である。が一つ,この考え方が妙に???なのである。私は,他人に迷惑を掛けないようにと色々自分自身を押さえてきたり,やりたいことも人に迷惑?になるから・・・・と妙に他人を気にして生きてきた。(当然知らないうちには他人の迷惑になってはいるのだが・・)小さいときから,自分を抑圧する癖をつけてしまったのある。だから,「太っ腹」には成れなかったような気がする。(性格も当然あるが)だから,もし,自分に子供がいたら,「他人に迷惑を掛けろ(程度問題だが)」と言ってやりたい気がする。他人に迷惑を掛けない生き方なんて出来ないのだから・・・ そんな考えをもってやっていたので,上司の言葉をその当時「自分には才能がない」と受け止めてしまい,またもや自信喪失になっていった。でも,そうはいっても仕事だから,まあそこそこはやってはいたが・・・・でも,いつも根底には「自分には向いてない仕事かもしれない」とおもっている自分がいた。 といいつつも,なんだかんだと,この部署で10年間過ごしたのであるが。その間,担当の仕事が変わり,人事を担当するハメになったのである。そう,会社の人員全員の人事考課,給料明細など超極秘データを見ることになってしまったのである。                           大体人事システムを持つ人間は,過去を振り返ってみると,会社でも超エリート級の人間である。(因みに私は人事考課は極並(^^;))だから,システムをもたす時,人事課ともめたそうである。(後日談)未だに何故このシステムをもたされたのか不思議なのではあるが・・・・で,私の担当はもろ人事考課。早速興味津々でファイルを覗いてみると自分の評価とは全然違う評定がそれぞれの社員につけられていた。いわゆるAランクは,本当に仕事に貢献をしている人(自他とも認める)それと,驚いたのは上司に受けのいい人間であった。後者は誰もがええええ~っといいそうな人間も含まれていた。確かに,人事考課をつけるのは上司の主観が随分パーセンテージを高くするであろうが,それにしてもこれでは,ごますり人間が「得」する。確かに,逆に人事考課つける立場になったとき,果たして公平に部下を査定する要因が見つかるのであろうか・・・営業なら成績で判断可能であるが一般事務職をどう査定するのか・・・・これはこれから行われる人事システム開発を担当してくにあたり,確かに難しい問題ではあったが。そう考えると,上司の取り巻きが人事考課がいいのはアタリマエといえば,アタリマエなのかもしれない。人間,気持ちいい環境にいた方が楽であろうから。 そんな会社の裏を見ていると,血眼になって一生懸命働いている人の考課がさほど高いようにも見えず,この人事考課を見せたらなんと思うだろう・・などと,考えてしまう自分であった。確かに,人事考課だけで仕事を皆さんしているわけでもないだろうが・・・・                        次回


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